戦前車両がゴロゴロしてたノセ電

前回、妙見線の川西能勢口~川西国鉄前について掲載したが
これはその1年後に何回か訪れた、ノセ電の記録であります。

前回の記事通り、ノセ電のオリジナル車は1981年で引退したが
他の車両はというと、100%阪急からの譲渡車両でしかも阪急時代のまま
ノセ電に譲渡されていた。
しかも、この当時は全ての車両が戦前製の車両である為、動く阪急電鉄博物館状態であった。
当時の国鉄でも戦前製の車両はあるにはあった。
セノハチのプッシャーとか飯田線の旧国、各地の車両区にあった救援者やら控え車等々
しかしこれらの車両も続々と無くなり、それどころか新性能電車も関西の新快速運用の153系も
117系に代わって、広島やら山口地区でローカル輸送に活躍していた153系も休車になって
あちこちの駅の側線に疎開され、放置されていた時期であった。
ノセ電はというと、戦前に面影を残した状態でバリバリの現役車両であった。

目立った改造はされず、戦前のお上品な元阪神急行電鉄時代の車両が
そのままの姿で活躍しておりまして、何度か撮影に訪れたものです。

そんな当時の記録から

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のどかな風景の中を走る、610系 
車両の短さがよく判る。
ただ、この車両は1920年代の51形木造電車のアコモ改善で車体を載せ替えた為
車体長は15mだが、車体巾は阪急標準規格になっており中型車とよばれていた。
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610系には非貫通バージョンのあった。


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これも610系、貫通バージョン

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610系貫通バージョンだが、運転席の反対側の窓がHゴム支持に変更されている。

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平野車庫に佇む、500系と610系
500系は小型車と呼ばれ
車体長は15mだが車体巾が阪急標準規格より狭く、乗降扉にステップがついている。

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これも平野車庫
新製当時の車体で一番古い320系と500系
320系は1935年製である。
両社共小型車であり、この写真からも車体巾の狭さがわかる。

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610系
見ての通り、非冷房である。

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笹部に停車中の610系
この時代はなんだかんだで、中型車の610系が主力であった。
小型車は輸送量が低くなる為、日生線が活躍の場であった。

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川西能勢口に待機中の610系と
回送の320系
日生線への回送である。
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川西能勢口名物のR30カーブ(制限15km/h)50mmレンズで撮影しても
こんな感じで撮れた(笑)

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当時の山下駅の引上線には、廃止になった川西能勢口~川西国鉄前に使用されていた単車の51形の予備の
61形が廃車になって、留置されていた。

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61形の後ろには51形も留置されていた。
運用から外れて1年以上経過しているが、まだまだ現役感がある。

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こちらは平野車庫の奥で倉庫になっていた
60形と32型

これらの車両も1992年までには全て淘汰されて、戦前の阪急車両は全て姿を消してしまいました。
倉庫代わりのの車両も最後まで活躍していた51形等のノセ電オリジナル車両も1両も保存されることなく
全て解体されました。

by coffee8ban | 2018-06-06 22:26 | 1980年代のモノクローム | Comments(0)

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